四本の赤いバラ

 BAR B1は時間帯でお客の層が変わる。サラリーマンやOLは最終電車の

1つ、2つ前で帰る。乗り継ぎがあれば、4つ、5つ前になる。時間に自

由な学生がアルバイトを終えて立ち寄るのは深夜の1時前になる。当然

次の日の午前中の講義は受けてないと思われる。

 

 最終電車の時刻を考えている賢いサラリーマンやOLが時間差で店を後に

すると、I子が入ってきた。
「マスター、こんばんは。いや、おはよう かな?業界では・・・」
 ポニーテールの髪にストレートのジーンズ。白いシャツ、それに薄手

のブルーのフリースを着ているI子は見た目よりも幼い。


「こんばんはで結構ですよ」
 マスターは苦笑を浮かべ、I子にカウンターの一番奥の席を勧めた。


「お疲れ様、何にしますか」
「お疲れ気味なので、少し甘いカクテルが欲しいけど・・・」
 店に並んだボトルを眺めながら答えた。


「ショートとロングとどちらにしますか」
「先週、髭のおじさんが最後に飲んでいた赤いチェリーが入っていたの

を飲んでみたい」


「分かりました。ただ、あの人はおじさんでなくて、Kさんです」
「そうなの。Kさんか、覚えておこう」
 月曜日の深夜は、静かなバーになる。マスターのカクテルを作る音が、

80年代のジャズの間に響く。


「スイートマティーニです」
 三角のカクテルグラスに薄いピンク色のついたアルコールに赤いチェ

リーが入れられている。I子は細いカクテルグラスをゆっくりとピンク色

の口紅の口元に近づけた。強い香りの中に渋みと甘い香りを感じながら、

口の中に液体を落とした。強いジンの香りが口の中で広がった。すぐ後に

甘味が追いかけるように膨らんでいった。


「いかがですか」
「強いカクテルだけど、甘さもあるし、不思議な味かな。癖になりそう」


「Kさんのお仲間入りですね。Kさんは、最後に必ずこれを飲んで帰ります。電

車の中でいやな匂いをさせたくないとか、おっしゃっていました。ジンの香

りですから、好き嫌いもありますが、Kさんにとっては香水かもしれません。

ところで、この頃、T也君と一緒に来ませんね。喧嘩でもしましたか」


 マスターが、チェリーを口に含んだ後に置く、銀の小さなハートが付いた矢

の為に小皿をI子の前に出しながら聞いた。

 
「うーん。別に何もないけど、倦怠期みたいなものかな。それよりT也から突然

4本のバラをプレゼントされたの。4って数字は縁起が悪いと思わない。それに

色は赤よ!信じられない!!」

「そんなことありませんよ。T也君は、I子さんのことを考えていると思います。

このボトルも4本のバラが飾ってあります」
 マスターは、背中の壁一面に飾られたボトル棚から、1本のボトルを手にとって

4本のバラのラベルがI子に見えるように置いた。

 

「あ、4本の赤いバラ。T也と同じだ」
「色々言われていますが、このバーボンを造った人がプロポーズしたときに、この

4本の赤いバラが関係あるそうです」

 

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