紫陽花の想い

 今年の梅雨は空梅雨だそうだ。

「ねぇー、U子。大和さんから電話があったの、みんなで鎌倉に遊びにい

かないかって、来週の日曜日だけど空いている?」

 と、I子が聞いた。

「鎌倉。懐かしいね。中学の時、『三人でしばらく旅にでます』と手紙を書い

て家に送ったけど、結局、鎌倉までしか行けなかったのよね。私達の可愛

い反抗期の行動だったね」

「そうそう、U子が私達には恋人もいないのに、縁切り寺に行こうなんて言う

から、いまだに私達は、いい男との縁が切れている感じがするわ。私は、今

度は縁を戻してもらいに行きたいな」
 と、言ってK子は、サンキッズの窓の横に掛けてある紫陽花の花の絵馬を

見た。

「とにかく、みんなで行きましょうよ。今度は三人だけじゃないから、きっと楽し

い一日になるわよ。じゃ、大和さんに連絡しておくわ」

 と、I子が決めた。

「I子、木村さんとはうまくいっている様子ね。今度こそ、駄目になっても真夜中

に『自殺する!』なんて電話をかけてこないでよ。私は、六回も夜中にタクシー

で駆けつけたのよ。失恋の慰め料もタクシー代と一緒に請求したいと思ってい

るわよ」

 と、K子が言い終わった時に、一人一人にお気に入りの別々のカップにコーヒ

ーとココアをママが注いで、三人の前に並べてから話し始めた。

「恋は、珈琲みたいなものね。苦味や酸味があり、子供には分からない味で大人

になると飲んでみたものなのよ」

「でもね。わたしは、甘いままね。だってココアだから」
 と、言うU子の言葉に三人が笑った。


「ところで、ママさんは、いつも誰かを待ってように見えるけど・・店から窓の外を歩

いている人を時々目で追っているわね」と、I子が尋ねた。

「そうねー。愛した人がいたけど、結局帰ってこなかったわ。山が好きな人でね。雨

が降らないと会えなかった。だって天気がいいと彼は山に行ったもの。その時は紫

陽花の花の気持ちが少し分かる気がしたわ。雨が降るのを祈り、色を変え彼が振り

向いてくれるのを待っているだけ。彼はこの坂が好きで、いつも駅からこの坂を一緒

に歩きながら、山の話を聞かせてくれたのよ」
 ママは、目を窓の外に向けた。

「それから、その人はどうしたの?」
 U子が聞いた。

「春の山に眠ったままよ。遺体が発見されたのは五月の雪解けの時だった。静かに目

を閉じて眠っていたわ。大好きだった濃い目のブラジル珈琲に安いウィスキーを入れ

て出してあげたのに、目を覚ましてはくれなかった。もう随分昔のことだけど、二人は

若かったと思うわ」
 ママは、三人に向かって話しながら椅子に座った。

「それから、ずっと一人なの?」
 煙草に火をつけたママにK子が口を聞いた。

「いい人もいたけど、結婚する気にはなれなかったわ。彼は濃い目の珈琲が好きで、

入れてあげると『苦い』と言って、『ウィスキーで薄めてくれ』と言いながら珈琲を飲む

顔が忘れられなかったのね。きっと・・」
 真中にウィスキーのメーカーの名前が描かれている灰皿に置いた煙草から一筋の

煙が上がって静かに揺れていた。

「一緒に行けばよかったのにね・・・ あら、加藤さん。いらっしゃい」
 ドアのベルがなって入って来たお客さんを見たら、いつものママに戻ってお客さんと

話し始めた。ママが置いた灰皿の煙草は、半分で消えていた。

 

 

 

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